私はサーカスだ。
前触れもなしにまほろ町を訪れ、瓦工場の敷地の一部を借りてあまりにも侘しい興行を打つ、二流ともいえないサーカスだ。私が抱えている団員は僅か七名で、人間のほかに見せられるのは、一頭のインド象だけだった。その象にしてもすっかり老いぼれ、耳はずたずたに破れ、象使いの男が出奔してしまったために、今では客寄せの道具に成り下がっていた。象は夜になると涙を流して泣いた。
珍しいことに、この田舎町は私を歓迎してくれた。これほどの大歓迎は結成以来初めてだ、とうるさ型の団長が言った。たしかに初日から大入り満員だったのだ。もっと驚いたのは、失望の声が、「なんだ、これは」というぼやきがただの一度も聞かれなかったことだ。子どもたちはむろん、いい歳をしたおとなたちですら、体操に毛が生えた程度の芸に手を打って大喜びしてくれた。
気をよくした団長は、自ら象を操って客の前に出た。だが、痛々しいほど痩せて、ほとんどの芸を忘れてしまった象にできるのは、せいぜい時計方向にぐるぐる回ってみせることくらいだった。それでもやんやの喝采が寄せられたのだ。とりわけ病気のせいで猿のような動きをする少年は、全身で喜びを表わし、鳥に似た奇声を幾度も幾度も発して場内を盛り上げた。すると象はその少年の前で立ちどまり、彼を真似て悲しい巨体をくねらせ、鼻を高々と上げるといった新しい芸を披露した。
(9・29・金)
丸山健二×ガジェット通信
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